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日本一になった心優しきGKは、なぜ女の子と勘違いされても自分の信念を曲げなかったのか(河合拓/フリーランス)

元日本代表MF小野伸二やMF原口元気、元フットサル日本代表FP木暮賢一郎ら、サッカー、フットサルのトップで活躍した選手たちを数多く輩出してきたバーモントカップ。今年も8月8日から10日の3日間に渡り、JFAバーモントカップ第33回全日本U-12フットサル選手権大会が行われた、決勝は10分ハーフにもかかわらず合計15得点が入る乱打戦となり、埼玉県のヴィオレータFCが初優勝を飾った。

 

この大会で大きな注目を集めた選手がいる。ヴィオレータのGK前田真尋(まえだまひろ)だ。大会後には5人のベストプレーヤーが選出されるのだが、前田はここにも選ばれるほどの実力者。戦った6試合で計50得点と大会初日から多くのゴールを量産したチームは、カウンターを受ける場面もあったが、好セーブを見せてチームのゴールを守り抜いた。そして、エースでありチーム最多の22得点を叩き出して同じくベストプレーヤーに選ばれたFP亀山陽士とともに、チームの初優勝に大きく貢献した。

 

そんな前田だが話題となった理由が、もう一つあった。それは、その風貌によるものだった。長いポニーテールの髪型であり、見た目もかわいらしく、シューズにもワンポイント、ピンクがあしらわれていた。そのため、ゴレイロ(男性GK)ではなく、ゴレイラ(女性GK)だと思われたのだ。

 

小学生年代では、フットサルだけではなく、サッカーでも、小学生年代の全国大会が行われていない。そのため、このバーモントカップにも女子選手が出場すること自体は、決して珍しいことではない。だが、その選手がGKとなると話は別であり、ほとんど前例がない。ピッチ脇で指示の声を聞いていても、男の子か女の子か判断つかない。パンフレットを見て名前を確認しても、真尋(まひろ)と、女の子であっても違和感のない名前だった。

 

かつてバーモントカップには、福井丸岡レディースという全員女子のチームが出場しているため、大会初のゴレイラでないことは確実なのだが30年以上の歴史のなかでも、極めて少なく、しかも上記のような実力者なのだ。目立たないわけがない。

 

今大会を唯一初日から全3日間取材した記者である僕は、このヴィオレータの戦いぶりを受けて大会初日に佐藤昌吉監督に話を聞きに行った。そして、チームの話を一通りきいたところで、「GKが女の子のようですが…」と切り出すと、「真尋は男の子ですよ」と返されたのだった。「ええっ!」と驚くと、「よく言われるんですよね。あの見た目ですから(笑)。でも、正真正銘の男の子です」と、笑われてしまった。

 

大会最終日、日本サッカー協会の関係者と話をした時もコーチングスタッフの間で、未来のフットサル女子日本代表の候補になる逸材じゃないかという話が大会序盤に出ていたという。また、優勝チーム決定の瞬間を取材に来ていたほかのメディア関係者も、そろって「女の子だと思った」という話をしていた。

 

表彰式後、前田に話を聞きに行った。「名前が真尋で、その髪型だから最初は女の子かと思ったよ」と正直に明かすと、笑いながら「いや、そう言われるんですよね」と頭をかいていた。そのあとは優勝した感想や大会を戦うなかで感じたこと。フットサルをプレーすることで、サッカーに役立つと感じたことや将来の夢についてなどを話した。そこで一度は話を終えたのだが、ほかの選手の取材を終えた時に、たまたま前田が近くにいた。普段はサッカーをしているとなると、長い髪の毛が邪魔になることもあるだろうが、なぜ、その髪型にしているのか?と聞いてみた。その答えはあまりに意外だった。

 

「ヘアドネーションをしようと思っているんですよね」

 

ヘアドネーションとは、髪の毛の寄付だ。様々な理由で頭髪のない子供たちに寄付するためのウィッグのもととなる髪を寄付するために、彼は髪の毛を伸ばしているというのだ。そして、寄付をする時は最低でも31センチ以上が必要になるため、暑いなかでも髪を振り乱して懸命にプレーしているのだという。

 

「もともと小学生2年生の頃に髪の毛を伸ばしていたんです。もう一回、少し伸ばそうかなと思っていた時に、母に『伸ばしたいなら、ヘアドネーションを目指してみたら?』と言われました。それで4年生の時から今まで、ずっと頑張って伸ばしてきました」

 

息子が日本一になるところを見届けた両親にも話を聞くことができた。母によると「何かのテレビ番組でヘアドネーションをやっていて、それを一緒に見たんです。その時に『やってみたら?』という話になりました。最低でも31センチを寄付するのですが、『切った後に坊主になるのは嫌』と言っていたので、小学校を卒業するまで頑張って伸ばすことにしています」という。また、たまに銭湯に一緒に行くという父は「二人で行くと、番頭さんに止められるんですよ。『女の子はそっち行っちゃダメだよ』って(笑)」と、日常生活でも勘違いされたエピソードを笑いながら教えてくれた。

 

前田は、取材が終わるたびに丁寧に「ありがとうございました」と頭を下げていた。麻尋という名前は、父が考えた名前だという。その語源はハワイ語で「ありがとう」を意味する「マハロ」から来ているという。プロサッカー選手を目指すと今後の目標を語っていた小さなGKと、この先どこかで再会することがあっても、きっと最初は気づけないだろう。心優しき小学生が、どんな選手に、どんな人に育っていくのか、この先が楽しみだ。

 

表彰式での前田真尋選手

 

前田真尋選手

 

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